「ノベル」
あれから11年。
感慨深い。
当時考えていたこと。
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考えておきたいのは、どの業界もどの世界も実情と先行きの見通しがリンクしていないような点。
今まで株式市場はそういう場所と言われてきたような気がするが、どこも一緒では?の疑念も出てくる。
電力不足で出来ないといわれたヨーグルトが店頭に並び、パッケージ不足と言われた納豆も散見される。
結局、需要と供給を決定するのはある意味で消費者の購買心理に依存する比率は高いのだろう。
「仮儒おそるべし」である。
たぶん原発関連報道でもっとも必要とされているのは、未来への展望と着地点。
表面的に直前に行われたことだけがクローズアップされるから、本質が見えなくなる。
どこへ向かっているのか、改善しているのか、悪化しているのか。
これが見えないからあちこち暗中模索。
必要なのは、小泉内閣が大好きだった「工程表」の提示だと思われる。
例えば・・・。
南太平洋の絶海の孤島からの視点で眺望することは稀だろう。
どんな風に移るのだろうか。
地震・津波。
これはたぶん理解できる。
しかし、技術の粋の筈の原発。
事故が起こってからは理解不能なことばかり。
ヘリコプターで水を吊るしてかける?
2回で打ち止めになったが、そんなことで冷却が出来るとは誰も考え付きもしないだろう。
あるいは紙おむつやおがくず、新聞紙を使っての汚染水防御。
これが最新技術に思えるだろうか。
停電で真っ暗?
電車が動かない?
店に食物がない?
夜は暗いのが当たり前の場所は今でもあるし、電車を見たことがない人たちも結構存在する。
食物は自分で獲得するのがお約束。
当然それが良いという訳ではない。
先日引用した寓話が妙に甦る。
魚を取ってつつましく暮らしている人間に「企業化」を迫ったMBA氏。
お金を儲け切った後に描かれる夢は、高級リゾートで釣りを楽しみ、家族と楽しく暮らすことだった。
「それじゃあ、今と一緒だ」という漁師さんの声が迫ってくる。
都会は誰かに助けられて過ごす場所。
非都会は自分の力で過ごす場所。
この差は大きいし、決して都会優位ではないような気もする。
かといって、魚を取る技術も農作物を育てることも出来ないが・・・。
「今存在していること自体が何十万人以上に及ぶ祖先のDNAの強さの証明」。
かつてそう講演する経営者もいたが・・・。
改めて気がつかされるのは、この星は生きているということ。
大地は恵をもたらしてくれる存在であるとともに、凶暴であるということ。
祖先たちがこの星との共存共栄に苦難してきた姿が現代でも全く変わっていないということ。
結構厄介な物体。
もっともこの表現。
この星を、株式市場に置き換えてみても意味は一緒。
恵と凶暴の同居は古今東西の市場で頻繁に見られる現象。
同じ市場なのに、ある人にはやさしく映り、別の人には冷酷に映るもの。
まったく厄介。
あの頃書き始めた小説チックなものの出だし。
結局完成することはなかった。
↓
「揺れ」(1)
揺れた。
それも単なる揺れではない。
週末の大引け15分前。
顧客からは「夢支店」と呼ばれる兜町証券。
支店はなく本店だけの営業だが、この店を根城にする投資家たちからはどういう訳か「夢支店」と呼ばれている。
そこに夢があるのか、夢を叶えてくれるのかは誰も語らない。でも「夢支店」と呼ぶことに誰も抵抗はなかった。
茅場町の平成通りを一本入った裏店みたいな建物はきしみ続けていた。
営業部長龍岡賢の脳裏には3月3日の雛祭りの日にかかってきた一本の電話が浮かんだ。
それは元外資系のトレーダーで今はどういう訳か夜の銀座で働いている安藤玲子からのもの。
「日成ビルドの大商いって何なの。突然600万株も出来ているよ」。
言われてみて龍岡は情報端末を見てみた。売買高は確かに635万株。前日の43万株、前々日の19万株からすれば驚くほどの大商い。
しかも50円近辺をウロチョロしていた株価は65円で引けている。
「確かに異常な大商いだね。
でもこのところの低位材料系の一連の動きじゃないの。
兼松日産だったこの間動いていたよね。
だいたいプレハブハウスとか簡易住宅なんて地震でもない限り材料にはならないでしょ」。
それでも玲子は引き下がらなかった。
「でも商いしていることは事実だし、なんか変なんだけどな」。
「変な妄想や予感を気にかけないで、雛祭りくらいはしおらしくしていたらどう」
それでも玲子は引き下がらない。
「馬鹿なこと言ってないで明日の寄り付きで10万株買っておいてね」と言って電話を切っていた。
考えている間も四方八方が揺れている。
嫌になるくらいの長い地震。
こんな長い揺れは50年以上生きている龍岡でも経験したことはなかった。
次に脳裏ニ浮かんだのは来店している顧客の桑島幸一との会話。
ほんの数分前のことである。
「龍岡さん、私はもともと商社マンだから株式の常識はないよ。
でも、1週間前に発表した第1四半期の経常利益は40%近い減益。
通期では70%近い減益見通しを発表した会社が買われるっていうのはどうも腑に落ちないんだ。
しかも今日は日経平均が200円近く下げているんだよ。
逆行高という言葉は知っているけれど、それとて理由というものがあるだろう」。
龍岡が聞かれたのは東証1部に上場しているカナモトの株価についてだった。
本社は札幌で建機のレンタルが主たる業務。
政権が変わり公共事業が減少したことからアジアでの展開を拡大中の企業だった。
確かにアジア展開には期待感がある。
でも減益をかき消すほどの材料はなさそうな気配。
株価は減益発表で477円から455円まで下落した。
ところが不思議なことに今朝の寄り付きは482円と減益発表前よりも高かった。
国会は混迷し予算もどうなるかどうかわからない状態で公共事業が減少する中でブルドーザーや建機のリース会社の業績が伸びるとは思えないというのは当然の思考法である。
でも株価は今日も高い。
龍岡の脳神経は微妙に絡まり始めた。
揺れが収まりかけた時にまぶたの裏側を一閃したには業界紙の古老記者目高三蔵からのメール。
いつも週末の昼休みに送られてくる「来週の見通し」は「来襲の見通し」となっていた。
ようやく揺れが止まった瞬間に龍岡はまだ頭を抱えてうずくまっている桑島に話しかけた。
「桑島さん、原因はこれですよ。
カナモト。買いましょう、復興需要の最右翼です。
株価が地震を予知する筈はあり得ないけど、起きてしまった以上、その先を考えるのが我々の仕事です。
大引けまであと10分あります。
カナモト買いましょう」。
地震に驚いて腰を抜かしていた桑島だったが「そうか、これか。大引けに間にあえば2万株買ってくれ」と機敏な反応。
龍岡は間髪をいれずに「ついでに日成ビルド10万株もいきましょう」。
「そうしてくれ」。
この辺の阿吽の呼吸は、長年の取引で培われたもの。
龍岡は営業窓口の石田真理に急いで注文を出させた。
石田は「このお店のお客さんはお金が大好きなんだから」という理由で見事な金髪姿。
「真理ちゃん、中尾さんにも電話で勧めておいてくれ」。
龍岡は地震ではなく今は大引け間際の時間との闘いを演じていた。
(櫻井)。
