「現場主義」
昨夕、取材したメディシノバ(4875)の岩城裕一代表取締役CEO。
札幌医科大学大学院終了後、ピッツバーグ大学医学部教授、南カリフォルニア大学医学部教授などを経ている。
名言データベースでもたくさん発言が登場している。
「我々の強みは、テクノロジーから考えるのではなく、現場では何が必要か、下流から考えることができること。
だから必ずマーケットがある」。
「当社は有効な治療法や医薬品がない、いわゆる難病に焦点を絞っていることも特徴のひとつです。
ただし新薬の開発というものは「難病ありき」ではありません。
薬の適応を調べているうちに新たな適応が発見されるといったことも多く、結果的に難病に適応した薬も生まれます。
ただ、現場の医師たちも難病には頭を悩ませているので、治験を含めて極めて協力的です」。
開発パイプラインのお話も興味深かったが一番印象に残ったのは日本の医学。
「日本の医学はもともとドイツに倣ったから原因追求型。
しかも黎明期の病気といえば、細菌や病原菌などが原因。
例えば結核などです」。
つまり医療とは原因を調べて治療するというスタンスだった。
だから野口英世や北里柴三郎が優れた業績を残したのも頷ける。
しかし、岩城先生が渡米して研究して驚いたのは、米国型医療は治療ありき。
原因究明ではなく、治療をしていくうちに治すという姿勢だったという。
そして今はこれが主流。
ある意味、現場主義ともいえる。
とてもバイオベンチャーを率いているとは思えない物静かな姿勢だった。
アメリカで新債券王の異名を持つダブルラインキャピタルのJ・ガンドラックCEOのコメント。
「私が注視するのは、データが変化しないのに、解釈が変わる魔法の瞬間だ」。
不吉な予言の一部だ。
しかし吉が凶か別にして「解釈が変わる瞬間」というのは市場ではよくあること。
「間違ってはいなかった」しかし「変わった」のである。
特に自己保身に務める人にはこの傾向は強い。
「知らない」ことを隠す専門家。
難しい質問には答えない専門家。
相場は、一寸先は闇であり、正解は結果論。
それでも「コンプラ」とか「リーガル」といって個別には振れない専門家。
225だけでは物足りないのでFXとか、仮想通貨にコメントする専門家。
そうではなくて、市場が求めているのは「見通し」だと思うのだが・・・。
「ほら上がったでしょう」「ほら下がったでしょう」では動物園と変わらない。
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《兜町ポエム》
「M」
いつも一緒にいたかった
となりで笑ってたかった
季節はまた変わるのに
株価だけ立ち止まったまま
あなたの下がったチャートに
少しは慣れたつもりでいたのに
どうしてこんなに涙が出るの
もう叶わない想いなら
あなたを忘れる勇気だけ
欲しいよ
今でも覚えているあなたの値動き
肩の向こうに見えた高値さえも
So Once Again
星が森へ帰るように
自然に消えて小さな動きも
はしゃいだあの時の私もOH
いつも一緒にいたかった
となりで笑ってたかった
相場はまた変わるのに
株価だけ立ち止まったまま
出会った頃のチャートには
はにかんだ値動きただ嬉しくて
こんな日がくると思わなかった
AH瞬きもしないで
あなたを胸に焼き付けてた
恋しくて
あなたの高値見たくて
消せない四季報Mのページを
指でたどってるだけ
So Once Again
夢見て目が覚めた
ストップ安に沈む姿が
225と見えなくなっていく
So Once Again
星が森へ帰るように
自然に消えて小さな動きも
いつまでもあなたしか見えない
私も
(櫻井)。
