「小学生でも知っている。」

「小学生でも知っている。」

指数だけを語る人は多い。
その興味はどこにあるのだろう。
上がる、下がるの丁半博打としか思えないのが気のせいだろうか。
あるいは業種でしか分析しない市場関係者。
頑なに個別銘柄を語らない、銘柄名でさえ言わない市場関係者。
この興味もどこにあるのがわからない。
データとチャートだけでは説明できない局面がやってくるとそう思う。
相場を抽象的に理解し、具体的な現場から離れるから、さらに相場は見えなくなってくる。
大衆心理や投資家心理を無視して相場を語ることはおそらく正しくない。
逆にそこに真理があると思う。
上がれば強気。
下がれば弱気。
語ることはは抽象的。
これでは市場人気は離散する。
日経平均1万円の時は2000円が20%。
日経平均3万円の時の20%は6000円。
この数字の意味が解らないと、ますます間違った相場観が横行するような気がしてならない。
幅と率が違うことは小学生でも知っている。

2010年前の秋に書いていたこと。

市場関係者と言われる人たちの出自は概ね数種類。
最近多いのは為替畑出身者。
ニクソンショック、あるいはプラザ合意以降、円高局面で育ってきた人たち。
市場生活のほぼすべての時点が円高局面だったために、円安という概念は薄い。
「円は高くなるもの」というDNAが染み付いている。
だから、少しでも円安材料が出てくると、些細な海外の経済危機観測を誇大視する傾向があろうか。
というより重箱の隅をつついて悪材料を探し出すことに長けている。
「恐慌」とか「不況」とか「危機」という単語は大好き。
次が金融機関に数多く棲息する債券畑出身者。
バブル崩壊以降、債券は買えば儲かる代物だったので債券買いの習性が染み付いている。
加えて債券高の要素でもある株安は歓迎の傾向。
デフレを脱却したインフレなどとんでもないと考える傾向があろうか。
そしてマスコミ出身者。
平和・平等主義を好む傾向があり、株高はどちらかというと許せないタイプ。
株が下って人々が困ればニュースとなるが、株高で喜ぶ人の姿はニュースにならないと信じ込む傾向。
従って株安も円高も経済社会が困るという意味ではニュースになるので歓迎傾向。
最後は、株式畑出身者。
かつては金太郎飴のようなイケイケドンドンが多かったが、最近は逆。
特に多数を占めるバブル以降入社になると、株で儲けた経験がない。
むしろ株は損ばかりした経験から保険や投信を好む傾向。
ある店頭で株の質問をした投資家さんに「株については答えてはいけないことになっています」という現実。
心ある人たちは「大型株は儲からないので新興市場しかやりません」といって頑張ったこともある。
それもライブドアショック以来雲散霧消してしまった。
結局株式畑が一番「厭市場感」が強いように思える。
そうすると・・・。
どの畑も株好きはいないような気がしてくる。

(櫻井)。

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