「井戸の仕手株」

「井戸の仕手株」

麻布谷町に住む株屋の清兵衛。
「値がさ優良株を売買すると自分はもうかるが、
他人に損をさせるので、それが嫌だ」と言って
本当のボロ株しか扱わないという正直一途な男。
人呼んで「正直清兵衛」。

ある日、とある裏長屋に入っていくと、十八、九の、大変に器量はいいが、身なりが粗末な娘に呼び止められた。
家に入ると、待っていたのはその父親で、千代田卜斎と名乗る。
うらぶれてはいるが、人品卑しからぬ浪人。
もとはしかるべき所に仕官していたが、今は昼間は子供に手習いを教え、夜は街に出て易者をしている。
そして娘のお市と二人で、細々と暮らしを立てているという。

その卜斎が、家に古くから伝わるという、すすけた株券を出し「これを二百文で買ってもらいたい」と清兵衛に頼む。
清兵衛は親子の貧しいようすに同情。
これを売って儲けがあれば、いくらかでもこちらに持ってくると、約束して買い取る。

この株券をヒラヒラさせながら白金あたりを流して歩く。
と、細川さまの屋敷の高窓から、まだ二十三、四の侍が声を掛け「その紙切れはなんじゃ。
紙飛行機をつくったらさぞ飛ぶだろう」と聞いて三百文で買ってくれた。
その侍、名を高木佐太夫といい、まだ独り身で、従僕の良造と二人暮らし。

さっそくそのぼろ株で紙飛行機を作って飛ばしいるとアララ、その株がいつの間にかIPO。
ボードの株価が飛行機以上に飛んで踊り出す。
そのうちに飛行機造りをやめて株券を売ったらなんと小判で五十両になった。
高木佐太夫は驚いた。
「飛行機を折るつもりだったけど、株で儲かるとは思わなかった」。
こなぼろ紙まで売るようではよほど貧乏しているに違いない。
「これは返してやらなければ」と思ったものの、手掛かりはない。

そこで手下に命じて毎日見張らせた。
ようやく清兵衛が見つかりこのことを話した。
「即刻金を届けてまいれと言いつけたので
清兵衛は驚いて卜斎の家に行き、金を渡す。

ところが律儀一徹の卜斎。
「売ったからにはもうこの金は自分のものではない。
受け取るわけにはいかない」と突っぱねる。

相談された大家が中に入り、五十両を三つに分け、佐太夫と卜斎に二十両ずつ、残りの十両は正直な清兵衛にやってくれと、提案。
佐太夫は承知したが、卜斎はまだ拒絶する。
「それなら、金と引き換えに何か品物を佐太夫さまにお贈りになれば、あなたもお気が済むでしょう」。
大家が口をきき、それではと、祖父の代からの古い株券を渡すことで、金の件は落着。
ところが、この株が細川侯のお目にとまった。
これは「井戸の仕手株」といっ大暴騰大暴落を繰り返してきた大仕手株。
佐太夫から三百両でお買い上げになる。
この半分の百五十両を卜斎に届けさせたが、卜斎は佐太夫の誠実さに打たれた。
娘をもらってくれるよう、清兵衛を介して申し入れ、佐太夫も承知。
「あの娘を連れて兜町に行ってごらんなさい。
空運株なんてさぞや似合うでしょう。
立派な相場師になります」
「いや兜町は止めよう。いつか飛ぶのは怖い」

(兜町カタリスト櫻井)

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