「ドラッグストアの窓口」

「ドラッグストアの窓口」
 
「おまちどおさま。
 解熱剤と咳止めですね。
 お大事に」。
「次の方どうぞ」。
「ねえ。今の人割り込んだのよ。シッカリ見て無くちゃダメじゃないの。
 成田の税関ではシッカリ見ているわよ」。
「あなたも先ほどからずーと店内をウロウロされてますね。
 お薬ですか」。
「そうそう、実はマスクを少し欲しいんだけど」。
「あー。張り紙もしてありますが、ご覧のとおりマスクは今日売り出しがありません」。
「本当?」。
「本当ですよ。海の向こうに国が買い占めていて入荷がないからお売りできないんです。
「そうなの。でもあの人はマスク売り場の前にずーとしゃがんで待っているわよ。
 あと3時間くらい待っていたらでてくるかしら」。
「そんなことはござません。お待ちいただいても徒労です」。
「徒労だなんて、専門用語使わないでよ」。
「とにかくマスクはありませんのでお引き取りください」。
「そうねえ、買えるかどうかわからないけど明日の朝5時から並んでみようかしら。
 ひょっとしたら夜中の間に裏の倉庫に隠してあったマスクが出てきたりして」。
「開店と当時にマスクはならべないことになっています。
 マスクがあったら並べますから」。
「ねえ、ないないと言っているけど本当はあるんでしょ。
 都議会議員用のマスクが」。
「そんなものはありません」。
「何しろ今はマスクがプラチナですからね。
 ダイヤでもオパールでもなく今のプラチナはマスク。
 買いたい人はいるのにお宅はなんで売らないの?
 スーパーでコロッケが品切れになっていたら、すぐに揚げてくれるわよ。
 それより私の花粉症どうしてくれるのよ。
 くしゃみするたびにコロナと間違えられていい迷惑だわ。
 まったく」。
「お客さん。花粉症の薬はありますが、マスクだけは勘弁してくださいよ」。
 
「次の方どうぞ」。
「目が疲れるんで目薬が欲しいんですが」。
「あー、目薬ですね。ありますよ。いくらでもありますよ。
 どんな目薬にしますか?」。
「一気に疲れが取れるようなやつが欲しいんです」。
「大丈夫です。ありますよ。
 えーと、これもこれも、そうそうこれもいい目薬です。
 どれにしましょうか」。
「ただ、せっかく目薬を点眼するんだから、目の周りはキレイにしておきたいんです。
 そして目薬を触る手もこんなご時世ですからキレイにしたくて」。
「ま。そうするに越したことはありませんかも」。
「でしょ。
 だから消毒液も欲しいんです。
 特にあのアルコール入りの強力なやつ。
 それで手を消毒して目薬を射したら効きますよね」。
「お客さん、申し訳ありませんね。消毒液は今のコロナウイルスの影響で品不足なんです」。
「品不足ですか。でも不足なだけでない訳じゃないんでしょ」。
「いやー、申し訳ありません。
 入荷がないんです」。
「ていうことは消毒液は買えないわけ?。
 それじゃ目薬が差せないじゃない。
 だったら目薬だけ買っても仕方がなと思いませんか?」。
「思うかどうかはわかりませんが、目薬はこんなに何種類もありますが消毒液はありません」。
「困りましたね。
 目薬を射す前に消毒しなくていいかどうかを家で調べてきます。
 また来ます」。
「帰っちゃったよ。
 こんなに目薬ならべたのに、片付けなくちゃ。
 ただでさえ人手が少ないところにマスクだ、消毒液だ、トイレットペーパーだってないものを買いにくる人ばかり。
 しかも物がないからみんな苛立っているし、順番の整理もしなくちゃならないし。
 因果な商売についちゃたな」。
 
「次の方どうぞ」、
「縁起良いマスクください」、
「縁起がいいかどうかわかりませんがマスクは今売り切れなんです」。
「そう。じゃ何番の窓口に行けば良いんだ。
 この窓口には無いんだろ、何番の窓口に行けば良いんだ」。
「何番に行かれてもありません」、
「めんどくさいな~。今から人に会わなくちゃならないんだ。
 このご時世、マスクなしでは人に会えないだろ」。
「たぶん窓口どころじゃなくどのお店ん行ってもマスクは有りませんよ」。
「どうしてそこに座っていて分かるんだ」。
「ネットで見ればわかります」。
「なるほどネットか。それは分かる。
 そうか、じゃ~裏の倉庫を見せろよ。そこで選ぶから」。
「今来た配送のトラックの荷台はどうだ。
 マスクを運んできたんじゃないか。
 あんなに段ボ─ル積んでるぜ」。
「あの段ボールはなんだ。
 あの段ボール売ってくれよ」。
「お客さん、あれはトイレットペーパーです」。
「ウソだ。あの中にはマスクがあるに違いない。
 箱の中身を出せ。俺が選ぶから」、
「後ろに並んでいるお客さん。
 クスクス笑っていないで何か言ってくださいよ」。
「売ってやれッ!」、
「ここに並んでいても、マスクは買えないよ。
みんなで港や空港行こう。
いや都庁の方が良いかも知れない」。
 
その日の午後。
「ありがとう、本当に付き合ってくれて」。
「急に会いたいだなんてどうした」。
「俺、ドラッグストアもうヤダ。
 辞めようかと思ってる。
 こないだ辞めていったバイトが妙にうらやましいよ。
 日本人同士、日本語は通じているのに、中身は全然通じていないんだよ。
『マスクはどこにあるんだ。裏の倉庫か。持っているマスクを並べろ』。
 ドラッグストアは八百屋や魚屋じゃないんだ。
『まだないのか。
 いつ入るんだ。
 ウソつき』。
 しかもたまにあると1個買ったお客さんが別の窓口にならんだりする。
 もうお客さんが怖いよ」。
「そうかそうか。
 お前のような温厚な人間だから、ドラッグストアの窓口が勤まるんだ。
 お前には天職だと思うよ」。
「そうか。元気つけてくれてありがとう。
 明日一日は頑張って行ってみよう」。
「それよりお前、株式投資でもしたらどうだ。
 儲かればスカッとするぜ。
 浮き世の悩みなんか忘れられるかも知れないよ」。
「そうだな。久しぶりに証券会社に行ってみるよ」。
 
 
「いらっしゃいませ」
「株を買いたいんだけど」、
「何か既にお決めの株はございますか」。
「あの『カ・ト』となっている株を下さい」。
「あー、お客さま。あの株は買えないかも知れません」。
「なんでだよ、昨日より100円も上げているしゲンがいいじゃないか」。
「いえ、みんなが欲しいって言って買い物が多すぎるから、売り物を分配するだけになりそうなんです」。
「いいじゃないか。ないわけじゃないんだろ。そしたらその分配されるやつをもらおうか」。
「お客様。買えなくもいいっていうのなら構いませんが」。
「なんでだよ。買えないかもしれない株を注文する人はいないだろう」。
「そういう決まりなんですよ。
 わかりやすく言えば売り切れなんですよ」。
「だって値段がついているじゃないか。
 しかも『カ』とか『ト』とか魅力的なおまけまでピカピカしているじゃないか。
 朝の内は安かったんだろ」
「もう売り物がほとんどないんです」。
「ないないと言っても、本当はあるんだろう。国会議員の分が・・・」。
「大昔ならいざ知らず今時国会議員の分なんてありませんよ」。
「何とかしてよ。
 スーパーに行ったことある? 
 コロッケが品切れの時は、すぐ揚げてくれるよ」。
「スーパーと証券会社は違います」
「だったら、買えそうな『カ』と『ト』をここに並べろよ。
 その中から選ぶから」。
「支店長、ストップ高買い気配の銘柄を絶対買いたいってうるさいんです。このお客さん」、
「分かった、
 お客さん。ごめんなさいね。これは無理なんです。
 別のもんではいかがですか」。
「別のもんじゃダメなんだ。何でないんだッ」、
 朝から仕込んでおいておけば良かったんだろ。
 そうすればこんなにピチピチの株がありますって言ってうれただろ」。
「そんなことは今では法律違反で捕まってしまいます」。
「寝坊するから、そういう事になるんだ。
しかもマスクもしないで失礼な」。
「寝坊したから・・・(ムカッとして)誰がそんなこと言いました」。
「寝坊じゃなかったらどうしてなんだ」。
「そんなに聞きたいですか。
ドラッグストアの窓口の職員がマスクの入った箱を開けなかったんだ」。
 

(櫻井)。

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